悪い出来事は全て私のせいなの

日々の気持ち


悲観的な性格

自分では自分の事を客観的には見れないから、定かではないが、私は比較的に「おとなしくておっとりしている」ように見られがち。

だけど、私の性格は「負けず嫌いで、せわしなくて、すぐに白黒つけたがる」タイプだ。

なので、時折見た目とのギャップのせいなのか、

「交渉事」のような場面で、気の強い私の様子を見て少しだけ相手が驚いているのがわかる。

特に仕事の場面では、相手は私が「逆らわない」性格だと思って話していくうちに、意外に強気な私へ「逆切れ」してくる人もいる。

とはいえ、基本的な性格は争いごとを避けたいという一面もあり、

揉めた挙句、あっさり白旗上げて

「ごめん、ごめん、私が引受けます」という結果になる事が多々ある。

今でこそ、50歳にもなり少し図々しさも出てきたが、20代の頃は、

「身の回りに起こった悪い事は全ては私が原因だ」とさえ思って、自分を毎日責めていた。

客観的に見れば、なぜそんなにも何もかも自分のせいだと思えるのかが不思議。

とはいえ、その性格は多少良くなったとはいえ、いまだに続いている。


例えばこうだ。

友人を誘って映画に行く、評判は良かったはずなのに全然つまらない内容だった。

誘った手前、友人の時間を無駄にしてしまった事を悔やみ落ち込む。

映画の後に、食事をしても私が落ち込んで暗いので、友人もげんなり。

そして「子供の頃」

子供の頃はもっとすごかった。

専業主婦だった母が、たまたま私の帰宅時間に急用で出かけて不在。

カギがかかった家に入れない。

「あぁ、私は捨てられたのだ。」

「きっとお母さんは、私の事が嫌いで帰ってこない」

「お父さんや、お姉ちゃん達も、きっと私を置き去りにしていくんだ」

と妄想が止まらず、家の前で大泣きしたものだった。

「基本的な性格は変わらず」

そんな性格は、全然変わっていない。


50歳の現在でも、そんな自分の性格に悩まされる。

先日も、有給休暇を消化しないといけなくて、4連休だった。

久々のお休み、しかも平日なので子供達も夫もいない自分ひとりでリラックスできる時間。

のはずが、全然ダメ、仕事の事が頭から離れない。

「だって、まだ途中のプロジェクトが、うまくいかず」

(大抵のプロジェクトはうまくいきません)

「私が休んでいる間に取引先から、緊急の電話がかかってきたら。。。」

(たとえ担当の私が休んでも、代わりはいくらでもいます)

「あぁ、早く仕事を辞めたい、いつまでこんな生活が続くの・・・」

(こんな事思いながら、約30年やってきたね。あと10年は働かないとダメみたいよ)

こんな内容が頭を駆け巡る。

本当に疲れる

「人事を尽くして天命を待つ」

こんな言葉があるではないか。

確かにそうだ。

やり切ればいいのだ。

物事は大抵うまくいかない。(仕事の場面は特にね)

いつも、これで自分を落ち着かせている。

とにかく私は大袈裟に受け止めすぎなのだろうと思う。

なんでも大きく捉え過ぎているのだ。

他の人たちは、そんな細かい事を気にはしていないように見受けられる。

こんな自分の性格と付き合っていかないといけない事に飽きてしまった。


コメント

タイトルとURLをコピーしました